3月3日といえば、ひな祭り。今日は、2月上旬から一ヶ月にわたって部屋を賑やかにしてくれたひな人形を片付けた。人形のホコリを払って箱にしまう、というたったそれだけの作業なのだけれど、自分と同じ年数だけ飾っているひな人形に対して、特別な思いを抱いてしまうのは私だけなのだろうか。そんなセンチメンタルな思いを、今日は日記に残しておこうと思う。
幼い頃の思い出といえば、ひな人形を飾った後、ひな壇の前に正座して、兄弟そろって「今日は楽しいひな祭り~」と歌を歌い、お菓子を食べた。その様子を、父親が楽しそうに、そして熱心に写真に収めていたことを思い出す。母は、「女の子のお祭りだから」と言って、かわいい服を選んで着せてくれて、髪を結ってくれた。そして、祖父母は朝から張り切ってお赤飯を炊いてくれた。その優しさに、精一杯甘えた。
中学生くらいになってからは、ひな人形を飾るのも、ひな祭りを祝うのもなんだか面倒で恥ずかしくて煩わしいと思っていた。それでも、相変わらず父はむすっとした私の顔写真を私に気付かれないようにこっそり撮り、祖父母は美味しいお赤飯を炊いてくれてた。そして、その優しさに、気付かないふりをした。
大人になり、家を出てからは、母から「今日はひな人形を飾りました」というメッセージが写真と共に送られてきた。そして、祖父母は変わらずお赤飯を炊き、私が実家に帰るまで冷凍してとっておいてくれた。その優しさに、ありがとう、無理しなくていいよ、と答えようとした。
こんなことを、私と同い年のひな人形を眺めながら、一人で思い出していた。そして今思うことは、私はたくさんの人の愛に囲まれて生かされているんだなあ、ということ。いいことばかりの人生じゃ無い。どちらかというと、失敗も多いし、後悔することばかりかもしれない。それでも、今日を生きているということには、精一杯の感謝をしたい。大切な人に、心の底から「ありがとう」というのは、なんだか照れくさい。もう少し、年をとったら素直に伝えられるのかなあ。そうだったらいいなあ。